格差を巡る論争の整理

朝テレビを見ていたら、竹中平蔵が出ていた。   派遣村の話題に関して、 「日本の貧困の問題は、正社員と非正規労働者の同一賃金がなされていないのが問題だ」 と、一生懸命自己弁護していた。   言っていることは正論だが、それをやって来なかったのはお前だろ、と。 見ていて腹立たしくなった。 (参考:http://www.mynewsjapan.com/blog/masa/15/show)   格差の問題を正社員という既得権益VS非正規雇用として考える見方は、母校の八代教授を始め、池田信夫氏や城繁幸氏などに見られるし、妥当性があるとは思う。 (参考:http://blog.goo.ne.jp/iked...

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山谷にて

最近のテレビニュースは派遣切りの話題ばかりだった。   「自分の会社の人間は歩いて五分でもタクシーを使ってしまうから、どうも今の日本の貧困はピンと来ない。」 とある先輩の話である。 坂本総務大臣政務官の発言の背景も同様だと思う。周りの人間が国会議員なら、日本の貧困なんてピンと来ない。   僕も周りの多くは所謂エリートなので、大方はこんな感じだ。20代で1000万程度年収があるのだから、そりゃピンとは来ない。 そして残念ながら年を経るほど社会は島宇宙化していくので、違うコミュニティに属する他者のことは分からなくなる。 小学校の時となりの席に座って放課後遊んでいた人とは、もう収入も社会的地位も、異...

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「社会人」という言葉

が僕は嫌いだ。   僕は四月から会社員になるけれども、社会人になるつもりはない。 これまでも様々な場所で、様々な社会に関わってきたわけで、それは何も変わらない。   ただ、奨学金も切れ、お金もないので、会社員になるというだけ。 そしておもしろいことができそうな場所を見つけたので、そこ(会社)に所属するだけ。   社会学的には、労働=美徳とする価値観は近代が生んだものだ。(最近読んだ本では、バウマン著の「新しい貧困」が分かりやすい。) そして、これだけ技術が発達すれば、「働かなくていい時代」みたいなものが、いずれは来るだろう。   だから、「今年からは社会人だ」みたいな気負いが僕にはない。会社員...

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貧困、尊厳に関するrandom thoughts

これまで、うだうだと近代や資本主義、そして「開発」などが無意味であることを書いてきたけれども、それでもバングラデシュのセックスワーカーへの関心は失われなかった。   継母と喧嘩して自らの意思でやってきた者、「ダッカに仕事がある」と騙されて売られてきた者、様々なものたちがその娼婦街には住んでいた。 そこでは、多く女性たちがは普通に農村で暮しているよりも多額のお金を手にすることができる、少なくとも若いうちは。 しかし、彼女らは自らのことを「罪」だと呼ぶ。リストカットをしている女性たちも少なくない。 のべ一年弱バングラデシュに滞在し、その最下層にいる人々たちと時間を共有して、人は何によって生きている...

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内定取り消しとか、派遣きりとか

内定取り消しの学生たちに対して、同情を誘うようなテレビ番組がよくやっているけれども、僕は?と思う。   まずサブプライム問題のこの時期に中規模の不動産会社に行くのなら、普通は会社がつぶれる覚悟があってのことでしょう。(じゃなきゃ、単なるアホだ) それに、まだ入ってもいない会社に対して、「会社のことが好きだったのに、裏切られた。」って、どこまで情けないんだ・・・ 組織に身を全て委ねようとするあり方自体が、リバタリアンの僕としては痛々しい。       派遣切りが話題になっている中、 「どうして正社員が切られないで、僕らだけが切られるんだ。」 というインタビューを見た。   資本主義経済の中で代替...

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グローバル化は人を幸せにしたのか

ということを、最近よく考えている。   BRICSを始めとした途上国への投資ブーム、「経済発展=途上国の人々の幸せ」という安易な言説を最近よく聞くのだが、僕はずっと違和感を持っていた。 (驚くべきことに、「開発」に携わる人でさえ、上記のようなことを発言していたりする)   僕はこの二年間、グローバル化による外資企業の進出と繊維産業の勃興、それに伴う都市への急速な人口移動、スラム化などの都市問題・・・そういったものをバングラデシュで見ていた。 一方でバングラデシュの友人たちが、「自分たちはインドと違って経済的な発展はなくても、家族がいて友人がいて、そういうものだけで十分幸せなんだ」とよく言ってい...

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「正しさ」について

先月、学生NGO時代の先輩で現在会社員のN氏と飲んでいたとき、「最近NGOとかに転職したいなぁと思う。」という言葉を聞いた。 この前会ったときは、「仕事は適当に、そして週末のドームでの巨人戦観戦を楽しみにしている」、というようなことをおっしゃっていたのだが、結局は正しさのために生きて行きたいと思うようになったと。   4年前のあの頃は、給料なんて出なかったし、睡眠は平均2,3時間の週もザラだった。 けれども夢中になれたのは、そこに「正しさ」を感じていたから。   ******  勿論、「正しさ」とは何なのか、客観的なものは存在しない。    日本の製造業を支え多くの人々の生活を便利にした過去の...

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「社会起業家」という欺瞞

僕は最近の「社会起業家」ブームに、なんとなく気持ち悪さを感じるようになった。 それは1つに、ある行為を「社会的だ」と信じる感受性の鈍さ、みたいなものによると思う。   前回グラミンバンクに関するブログでも書いたが、ある行為の正しさとはそんなに簡単には分からないと僕は考えている。 自衛隊派遣でも、靖国参拝でも、どちらが日本にとって正しいことなのかは判断の分かれるところだし、どれがいい年金制度なのか、どれがいい経済政策なのか、月一回金曜の夜偉い学者さんたちが朝まで議論しても、答えなんて出てはいない。それなのに、どうして「社会起業」という名がつくと、そういった問題の複雑性が覆い隠されてしまうのか、悲...

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外部者の視点、マイクロファイナンスを巡る言説

今日二度目の更新。   ****** 一昨年の秋バングラデシュを訪ねた時、農村のグラミンバンクを訪ねた。   グラミンバンクといえば、マイクロファイナンスの先駆けであり、開発を勉強する者たちの「憧れ」である。 マイクロファイナンスとは、無担保で小規模な資金を貧しい人に貸し付け、少しずつ返済してもらうシステムのことであり、これにより途上国の多くの人が貧困から脱出したと、言われている。 そしてビジネスという仕組みを通じたことで、寄付に頼るNGOと比べて、「持続可能」だとも言われている。  また、特徴として「女性に貸す」ことがあげられる。女性の方が、punctualだからだそうだ。この結果として、女...

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日本の貧困についてのrandom thoughts

昨日は、最近マスコミなどを通じて有名になってきた某NPOのセミナーにいってきた。 日本の貧困者のために、生活保護の支援手続きや生活保護相談などを行う団体だ。最近は「格差社会」特集などの雑誌を見るたびに名前を拝見していたので、結構気になっていた。僕自身、社会的にも経済的にも貧困だった時期があるので。   ****** 話を聞いてみると、 「政府は生活保護基準を上げろ」「国家は弱者を助けろ」 そればかり。どの質問に対しても、「政府がおかしい」と答えを誘導したがる。 あげくの果てには、「昔は年功序列社会で、賃金も年々上昇し企業が社会を守る時代だった。今は企業が人を切り捨てる時代だ。」と。   そこで...

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