夏のガザの思い出

少し前のことだけれども、昨年と同様、この8月はパレスチナ・ガザでのビジネスコンテストに参加した。 大学時代の先輩が立ち上げたガザの女性起業家を対象としたビジネスコンテスト「ガザビジ」。 その2回目がこの8月開催されたのだ。 パレスチナ・西岸地区には7回ぐらい訪れているけれども、ガザ訪問は昨年に引き続き2回目。 国連からのサポートなどがない限り、普通の旅行者は入ることができない場所。このビジネスコンテストのおかげで、去年も今年もガザに来ることができた。 ****** ガザの街を歩くと、ひと昔前のバングラデシュのように、多くの人たちの注目を浴びる。 「どこから来たのか?」 「何をしに来たのか?」 ...

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紛争の中の日常

「ガザ」という言葉がニュースになる時はいつも、2・3年おきに繰り返されるイスラエルからの侵攻についてだ。 けれども、美しい海やフレンドリーで優しい人々がいることは、あまり知られていない。 そこでは他の国と同じように、普通の日常が営まれている。 日の沈む頃になると、夕日に赤く染められた海辺に人が集まってくる。いつの間にか、人で砂浜が埋め尽くされる。 日中は暑いから海水浴はこの時間から始まるらしい。 その海辺に行くと、近くの小さな商店からおじさんたちがやってきて、無料でコーヒーを振舞ってくれた。その後コーラを買おうとして財布を取り出しても、お金を受け取ってくれなかった。 世界一のホスピタリティだっ...

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とりあえず帰国

先ほど、帰国しました。 物価上昇中のイスラエルでは、臭くて汚いドミトリーに二週間。それでも一泊1000円以上・・・ 帰りはカイロ→モスクワの機内で一泊、モスクワ空港で15時間のトランジット、モスクワ→成田の機内で一泊・・・ そろそろ貧乏旅行は終わりにしたいと、切に思いました。   今回は、自分の原点を巡る旅でした。五年前この場所に出会わなければ、今の自分はなかったから。 自分の青春が詰まった土地で、これまでお世話になった方々とお会いし、過去のことと将来のことを語り、考えていました。 シリアでは、元外交官のK氏とお会いしヨルダンまで一緒に旅行し、イスラエル・パレスチナでは友人たちと時間を共にすご...

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明後日には、エジプトへ

イスラエル・パレスチナで過ごす時間も、残り少なくなってきました。   今回の滞在は、すごく有意義でした。 テルアビブの海に沈む夕日も、ナブルスの山々から見下ろす町並みも、すべてが自分にとってかけがえのない場所だということに気づくことができました。 そして何より、三年前、ここで暮らす友人たちから、人を信じることを学んだのだと思い出しました。   これから会社員となる僕は、当分この場所に来ることはできないでしょう。 でも、また必ず帰ってきます。しっかりと会社の仕事をして、アラビア語・ヘブライ語を習得して、たくさん成長した後で。 それまで、しばらくの間、お別れです。...

イスラエルとパレスチナに、三年半前に撒いた種

昨日は、ダニエル、ナタリー、ベニ、アビゲイルとテルアビブで夕食を伴にし、今日はアクラムの家でアクラムとその妻(なんとフランス人と結婚していた!)と夕食を食べた。 いずれも三年半前、僕らが日本に招致したイスラエル人・パレスチナ人だ。 あの夏僕たちは一ヶ月もの間、日本の三都市で寝食を伴にして、紛争のこと、家族のこと、恋愛のこと、さまざまなことを語り合った。     アビゲイルは言った。 「あの会議は、私の人生を変えたわ。もしあの時、会議に誘われていなければ、いまだにパレスチナ人のことを理解しようとしなかったと思う。」 彼女に会ったのは、4年前のイスラエル建国記念日のパーティの時だった。父親がイスラ...

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四年半ぶりの再会

僕が所属していた「日本・イスラエル・パレスチナ学生会議」が、大学一年生の夏に日本に招致したJ嬢の実家に滞在していた。 英語さえまともに話せなかったあの時から成長した自分を見せたかったのだけれども、彼女はスイスの国連本部で働く知性・美貌を兼ね備えた女性に成長していて、逆に僕の方が圧倒されてしまった。 彼女の住む人口2500人のアラブ・イスラエリーの村は、「イスラエル」という先進国にあっても地縁的・血縁的な繋がりが残っていて、僕は二日間親戚中の大歓迎を受けた。     4年半前の夏の後、彼女は奨学金をとってアイルランドの大学院で国際法の修士を取得。 国連にインターンとして入りその後正式に採用された...

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中東へ

来週から、中東に行く。 日本でやらなければいけないことが山のようにあって、出発がここまで遅れてしまった。 ルートはシリア→レバノン→シリア→ヨルダン→イスラエル・パレスチナ→ヨルダン→エジプトを、三週間ちょいで駆け抜けるつもり。 時間があれば、エジプトからスーダンまで飛行機で行こうかと考えている。   ようやくイスラエル・パレスチナが停戦したようで、とりあえず一安心。 イスラエルは本当にひどかったと思う一方で、「それでも」、いや「それだから」、ハマスを支持してしまうパレスチナ人の状況に悲しくなった。 国際世論を味方につけるためにも、もっと戦略的にならないと・・・ そして国境をふさぐエジプトの対...

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今月末から中東に

行こうと思っている。   ルートは、シリアorレバノンinのエジプトout。 シリア・レバノンを観光して、ヨルダンからイスラエル・パレスチナに入り、友人たちと再会し(当分会えなくなるから・・・)、ヨルダンに戻ってエジプトに入る。その後スーダン(アフリカ初体験!)だけ行きたい・・・   と、考えている。   しかし、パレスチナは西岸もまずいことになってきたみたい。 イスラエルは南部を除けば大丈夫なのかなぁ・・・     情報をお持ちの方、教えてください。 宜しくお願い致します。  ...

ガザ

ガザがひどい状況になっているようだ。 パレスチナ人の友人たちが無事にしているのか、気になっている。   イスラエルもひどいし、ハマスもひどいし、エジプトもひどい。 日本の活動家たちのほとんどは、ただイスラエルに反対すればいいと思っているようですが・・・ パレスチナも、アラブも変わらなければ、何も変わらない。     途上国の「貧困」問題とは往々にして近代社会が「創りだした」概念だと考えるようになってから、何が「問題」なのか疑うようになってきた。 けれども、イスラエル・パレスチナ紛争は「問題」だと、論理を越えた感情の部分でそう思う。 今の自分にできることは何もないのだろうけれども。  ...