一日に何度聞かれたか分からない。それほど観光客の少ない国なのだ。
バングラデシュに滞在した十日間で、会った日本人はわずか5人。
一人は青年海外協力隊の日本語教師、一人は日本語が使える(唯一?)ネットカフェにて、三人はバングラデシュ到着時の空港にてだ。
今日コルカタに入ったが、ここは日本人とイスラエル人だらけだ。
旅に「非日常」を求める私としては、辟易してしまう。
前述の問いに対して私はグラミン銀行やBRACといったものに興味があるからだといつも答えていた。しかしよく考えてみると、一番初めにこの国に来たいと思ったのは、農村の女性が子供を養うために眼球を売ったというニュースをネットで見たのがきっかけだった。夫から捨てられた女性の地位は非常に低いらしい。
「貧困」ってなんだろう。知りたかった。
ダッカは確かに貧しかった。特に最終日(昨日)にはバングラ人の友人に連れられ、ボスティと呼ばれる超スラム街をたずねた。
線路沿いに無数の、今にも崩れそうな家々が立ち並ぶ。たちこめる酸っぱいにおいに誘われて、からすの群れが次々にやってくる。その中に何も言わずに口をぱくぱくさせながら、手を差し出す子供たちがいる。足の無いもの、手のないもの、様々なものたちが日々食べるものを道行く人に乞う。
しかし、ひとたびカメラを向けると、「カッコよく撮ってくれ」といわんばかりに、とびっきりの笑顔で自分自身のことを指差す。シャッターを押したのが見えると、我先にとデジカメの液晶画面までダッシュだ。空腹を忘れたのだろうか。
"though we are poor, we are happy"
全く同じせりふを、二人のバングラ人の友人から聞いた。
日々食べるものもなく、目の前を歩く人間に生活のすべてを依存する物乞いたちが「幸せ」なのか、いつまでたっても私の中で答えは出ない。
ただ自分が今生きているということを「幸せだ」といえること。それには羨望さえ感じた。