第一回山谷勉強会終了

山谷勉強会にお越しくださった皆様、ありがとうございました。
主にブログ上で簡単に告知しただけだったのですが、たくさんの人に来ていただくことができて、嬉しい限りです。
国内の貧困問題に対する関心の高まりを感じました。
 
また上映映画の音声が聞こえづらかった件、大変申し訳ございませんでした。
これは、僕の完全な準備不足です・・・事前に映画の内容も含めチェックしていなかったので。
 
 
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後半のディスカッションは非常に盛り上がり、また第二回をやろうという話になりました。
 
今回の勉強会は、「(エリート層の)一般市民」と「山谷の労働者」の対話を目指していました。
山谷の方々が「行政は仕事をつくれ」「俺たちは今まで社会に貢献してきた」と主張する一方で、市民は考える。「税金を使って支援するなら、山谷の方々の自助努力も必要だ」と。博打やアルコール依存、そういったものから抜け出し、自ら仕事を得る努力をする、そういうことを抜きして税金を使われても納得はいかないのです。そして、税金の使途として山谷支援を市民が認めるなら、行政も動かざるを得ない。
 
そういったお互いの主張を、ある程度理解しあえたことは、非常に有益だったと思います。 
何より所謂エリートたちからはほとんど見えない山谷の実態を知ることができたということ、そして山谷の方々が資本家階級として非難したがる人々の中にもcompassionを持った人間たちがいるのだということを示せたという点でも、重要な試みだったと思います。
 
そして、僕はイスラエル・パレスチナで活動をしていた頃から、対話の意義を信じているんだなぁと再確認しました。
 
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第二回の勉強会ですが、行政側の人間(厚生労働省とか、台東区の職員など)と山谷の日雇い労働者を呼んで討論会をやれないかなぁと思っています。
そこで皆様、もしご友人などで、行政に関わられている友人がいらっしゃいませんか??
是非ご紹介頂きたいのですが・・・

6 Comments

  1. manabu
    2009年3月2日

    ふーむ、これこそ、草の根からのナショナリズムですな、ってこの言葉嫌いなんだろうけど。ワーキング・プアーの若者たちも集めて、社会参加や職業訓練や自助組織とかそんな展開までつながると、もっと、「ナショナリズム」です!あ、でも、UNRWAも忘れずにね。いろいろ手を広げるのはすばらしいけど、自分のキャリアにとっての優先順位はしっかり整理してね。

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  2. yusuke
    2009年3月3日

    >鬼頭さん僕らの多くは、「日本」という意識に希薄なので、ナショナリズムという言葉は不適当だと思います。そもそもの意識がcosmpolitanなんですよ。ある社会問題にたいして、国家というアプローチが重要ならば、それを利用するだけです。国家という存在に必要以上の強度を感じていないですから。前にもお話したとおり、今の自分にとっての一番の関心事は日本の貧困であり、自分のキャリアにとっても(商社の仕事の次には)この活動が重要です。バングラデシュやパレスチナはその次ですね。UNRWAのことは、並木さんとちゃんと相談して考えます。

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  3. manabu
    2009年3月3日

    了解!自分にとって、身近で大切なことに取り組むことが、健全な根っこをもった「ナショナリズム」に基づく知識人の市民の活動なんだと思います。で、またナショナリズムを語りました。だって、コスモポリタンってかっこいいけど、んじゃ、世界中の抑圧や人権問題にぜーんぶ手を出すの?って、それは国連でしょ。と突っ込む。いや、俺がさ、ナショナリズムにこだわってしまうのは、無責任に拡大し続けて、誰のための何のためのどうような正義なのか、それがぼやけてしまう「アラブ」ナショナリズムや、ましてイスラム原理主義という、アラビア語圏のムスリムたちのナショナリズムの歪みをつくづく、罪深いと思っているからです。だから、そんな枠組みの設定自体を問わなくても、自明の前提として、現実として、日本国民が成立することが無理のない特殊な社会では、いらないのかもしれないですけど。それでも、国益を論じること、こそ、日本人にとって、もっとも重要な政治的な言説だと思うのですよ。それが、いきなり「プロレタリアート」だったり、その変種の「世界中の抑圧された弱者」とかになってしまったのが、やっぱり、「アラブ」ナショナリズムやイスラム原理主義と同様の罪深い政治言説になったサヨクの問題なんだと思います。やつらに言いたいのは、んじゃ、北朝鮮に拉致された日本人の抑圧問題は、一番大切な問題じゃないの?ってことで、突っ込みとしてはもう十分すぎるかと。

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  4. yusuke
    2009年3月3日

    >世界中の抑圧や人権問題にぜーんぶ手を出すの?いや、そういってしまうと、海外で活動する健全なNGOも全て必要なくなってしまうわけですよ。外部者はパレスチナにもバングラデシュにも関わるなってことですから。(理念外交というコンセプトがあるにせよ)NGOなりの根底にあるコンセプトは、コスモポリタンですからね。日本人は誰もそれらの組織で働くなってことにもなりかねない。日本を良くしたいという思いがあり、それに対してきちんとした活動を模索しながらも、それだけでは満足できない。つまりパトリオットとして国益を論じることに一定の価値を見出しながらも、一方でコスモポリタンとして世界益も考えてしまう。人間のアイデンティティは複雑なものなので、僕が行っている諸々の活動を「ナショナリズム」の一言で片つけたくないのです。パレスチナで行ってきたことと、山谷で行ってきたことは、僕の中では同じです。つまり、両方とも僕の身近で大切な問題です。サヨクの方々は単なるダブルスタンダードなので、無視してよいと思います。抑圧されている人々を救うなら北朝鮮も同時に非難しなければいけない一方で、彼らのイデオロギーとして北朝鮮なりを非難できないというだけですから。単に論理的思考ができないというだけです。サヨクもウヨクも僕ら世代では確実に減っていっているし、いたとしても社会においてそれなりの地位を占め、支配的な言語になることはもう不可能です。それはイデオロギーの問題というよりも、論理的思考ができない人間が社会を動かす存在にはなれないからです。

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  5. manabu
    2009年3月4日

    >日本を良くしたいという思いがあり、それに対してきちんとした活動を模索しながらも、それだけでは満足できない。つまりパトリオットとして国益を論じることに一定の価値を見出しながらも、一方でコスモポリタンとして世界益も考えてしまう。人間のアイデンティティは複雑なものなので、僕が行っている諸々の活動を「ナショナリズム」の一言で片つけたくないのです。パレスチナで行ってきたことと、山谷で行ってきたことは、僕の中では同じです。つまり、両方とも僕の身近で大切な問題です。知識人としては、それが正解。全面支持。でも、だれもが知識人になれるわけでもないし、国内政治を正確に理解したり、まして国際政治を正確に理解したり、まして海外で活動したりなーんてありえないでしょ?そういう、一般大衆を組織化・運動化するには、「ナショナリズム」を語って、素朴に共感してもらえる簡潔な政治理念で統合して、知識人の指導者が、国内政治や外交の基盤として活用するってのが、ナショナリズムのみそなんです。で、問題は、そのような質のいい指導者たる知識人をどうやって構造的に、偶然でなく、生み出せるかってのが、国家の生存に不可欠なのは、明治維新以降、それを知っていたリーダーが死んでいった後に、知識人でもリーダーにもなる資格のない素朴な「ナショナリズム」信仰者の原理主義者しか生み出せなかったから、日本は滅んだのですよ。イラクという、この地域で比較的恵まれた人的・経済的資源の国が滅んだのもそういう分析が成立します。シリアの指導部は、ある種の偶然と必然の微妙なミックスで、成立した健全なリーダーで、しかも次世代の生産もきちんと、ってなにをもって「きちんと」なのか、ですが、しているということです。イランは、話したとおり、シーア派の宗教者ってのは、本当に知的に徹底的に訓練され、過酷な競争を生き延びた人にしかなれない制度なんで、宗教政治なのに、イランはなんとかなっていて、シリアとイランの全面的な支援を受けたヒズブッラーも、政治的な勝利を収めているのです。うーん、この地域の不可思議さ。「民主主義」なーんて笑っちゃうといえるかもね。>サヨクの方々は単なるダブルスタンダードなので、無視してよいと思います。抑圧されている人々を救うなら北朝鮮も同時に非難しなければいけない一方で、彼らのイデオロギーとして北朝鮮なりを非難できないというだけですから。単に論理的思考ができないというだけです。サヨクもウヨクも僕ら世代では確実に減っていっているし、いたとしても社会においてそれなりの地位を占め、支配的な言語になることはもう不可能です。それはイデオロギーの問題というよりも、論理的思考ができない人間が社会を動かす存在にはなれないからです。いや、そのお前たちの世代の政治覚醒と行動はとっても歓迎して応援するけどさ、みーんなおまえらみたいな健全な知識人になることなーんてありえないってことを、深く深く理解してくださいな。だから、「ナショナリズム」は有効な方便なんですよ。それを批判できる知識人も同様に不可欠なんですけど、それを批判して、拒否する「知識人」しかいなかったから、こうなった、いや、そうだったから、そんな「知識人」しか生み出せなかったのが、「日本国」なんです。

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  6. yusuke
    2009年3月5日

    >鬼頭さんおっしゃることは分かっています。が、とりあえず山谷の活動は僕の周りの「知識人」が参加しているので、「ナショナリズム」という括りではおかしいかなと。しかし、今回の山谷勉強会に参加したメンバー然り、僕ら世代にはかなり「知識人」がいるような気がします。前にもお話したとおり、大衆動員するのにナショナリズムより有効なやり方があるんじゃないかなと思っています。この国でナショナリズムを語ると、似非ウヨクが大喜びするだけですから。それを排除するには、論理的思考力を国民がつける以外にないはずです。もちろん、国防・外交を語る上で国家の役割が必要だとは思っていますし、僕も文化の総体としての日本には愛着があります。それに山谷の労働者になんらかの施策を行うためには、ナショナリズムに基づいた国家の再配分政策が不可欠であることも指摘しておきます。ちなみに、今の日本の思想界でナショナリズムを批判する人なんていませんよ、「左」と呼ばれる中年学者たちでさえ、そんなことは言いません。「ナショナリズムを操縦せよ」です。これは僕ら世代だけではないです。パレスチナ問題を語る左翼なんて、思想界でも相手にされてません。鬼頭さんが日本を離れていた十年間で時代は変わったんですよ。是非日本で、論文を読み漁ってください。

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