今でも時々思い出すのは、少年院から出たばかりのある若者。
6年前、まだ築50年の巣鴨のアパートで、不登校・中退の若者のための学習塾「キズキ共育塾」を開いたばかりの時のこと。
「実は、僕、この前まで少年院にいたんです」
入塾面談で、目の前の少年は話し出した。
10代の頃、僕の周りにそういう境遇の人は何人かいたので、
「そうなんだ」
と僕は返しただけだった。
その反応が意外だったのか、
「僕、大学に行きたいんです。心理学が勉強したいんです。なんとかアルバイトしながらキズキに通います。」
と彼は言ってくれた。
当時は、講師のアルバイト・インターンも少なかったから、僕が彼の授業を受け持つことになった。
夜の授業だったから、授業が終わった後はよくダラダラと会話をした。その頃のキズキは生徒も少なくて、僕も時間があった。
「安田さんと、チェスやりたいんです」
彼はある日、チェスを持ってきた。
すごく大きく重い盤で、彼がチェスに特別な思い入れがあることが分かった。
ダラダラとチェスをやりながらも、ふと彼の顔が曇ることがあった。
「時折、子どもの頃のことを思い出してしまい、気が落ち込んで、何もできなくなってしまうんです。」
「安田さんなら、こういう時の気持ち、分かりますよね。親からボコボコにされた時のこと、親がいなくなった時のこと。」
彼はふとした瞬間に、自分の生い立ちを語った。
子どもの頃、虐待を受けて施設に預けられていたと言った。
その頃の出来事を思い出すと、急に気持ちが落ち込み、アルバイトにも行けなくなるらしい。
塾には何とか通ってくれていたけれども、授業料はなかなか払ってくれなかった。
彼が3ヶ月ぐらい授業料を滞納したある日、僕は思い切って聞いてみた。
「授業料、いつ払えるかな?」
そこから連絡が取れなくなった。
何度か電話したけれども、電話に出ることはなかった。
3ヶ月後、思い出したように急に電話があって「元気にしてますよ」と言っていた。
その時は、もうただ幸せにやってくれていればいいと思った。
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その半年後、また似た境遇の若者が入塾したことがあった。
髪はあまり切っていないように見えた。
着古した洋服を着ていた。
彼は、幼い頃に両親が離婚、小学生の時に継母と折が合わず家を出たと言った。
その後は、野宿をしたり鑑別所に入ったりを繰り返していたが、
「もう一度勉強したい」「学校にちゃんと通いたい」
と思うようになったという。
そこでキズキのことを知り、大学受験を目指すことにした。
生徒も増え、人も増えた頃だった。
彼が通塾するたびに悩みを聞きながらも、しっかりと時間を取ってあげることはできなかった。
彼のような圧倒的な困難な境遇にある若者の場合、どうしても通常の塾の授業だけでは難しい。一対一のカウンセリング・個別指導を超えた支援が、どうしても必要となる。
でも僕は何もしてあげられなかった。
結局彼は半年の通塾の後で、いきなり塾をやめた。
授業料は2ヶ月滞納したままだった。
何度メールしても返信はこない。
「このまま支払いがないと、何らかの手段をとることになります」
と厳しいメールを送った。
増え始めた生徒、増え始めた社員・・・
とにかく余裕がなかった。僕は感情的な言葉をぶつけた。
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僕は決して情が深い人間ではない。むしろドライで、他人のことを気にしない。
でもその出来事から6年間、いつもどこか胸の奥で何かが引っかかっていた。
組織だから、ビジネスとして成り立たせなければいけない。
けれども、あの時のあの行動は正しかったのか。
その頃の僕は、日々の売上を上げるのに必死だった。
クラウドファンディングで参考書代などをかき集めたこともあったけれども、彼にフルコミットしてサポートしていたわけではない。
売上を立てて利益を上げることは、本当に難しい。ビジネスモデルを創ることは難しいし、人を採用しマネージメントしていくことも難しい。
塾を広げていくことも、その他の事業を立ち上げて伸ばしていくことも、必要なことだった。
キズキも組織だ。組織ということは働いている人がいる。
少なくとも僕は無償ではフルコミットできない。
そうやって自分を正当化しつつも、自分が100%正しいことができているのかと問いかけると、どうも引っかかってしまう・・・
だから、いつか経済的に豊かでない家庭の子どもたちにも必要な教育を届けたい、ずっとそう思ってきた。
そんな時に、思い切って公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの今井さんに声をかけてみた。すでに東北と関西でクーポン事業を始めていた今井さんと、「東京でクーポン事業をスタートできないか?」と声をかけた。
スタディクーポンの仕組みであれば、子どもたち自身が自分で通う塾を「選ぶ」ことができる。
ベストな仕組みだと思った。
その後、自治体へのアプローチ、資金調達、その後の政策化・・・何度も議論を重ねた。
そこにスマートニュース、キャンプファイアーなどの仲間が加わり、一気にドライブがかかった。
やっと本格的に動き出せる体制が整った。
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彼が持ってきたチェスは、今も僕の家に保管してある。
そのチェスを見るたびに、「どんな家庭に生まれ育ったとしても、自分の望む教育を受けられる社会を創りたい」と思う。
スタディクーポンは、その大きな一歩になると信じている。
*スタディクーポン・イニシアティブは、皆様からいただいた大切な寄付を元手に、低所得世帯の子どもたちにスタディクーポンを届ける事業です。子どもたちはクーポンを使って、自分が選んだ学習塾などに通うことができます。
詳しくは、こちらをご覧ください。
https://camp-fire.jp/projects/view/42198