なぜ体罰がいけないのか

戸塚ヨットスクールが未だに支持されてしまう一つの理由は、「体罰のおかげで変われた」という人が、世の中に一定数いるからだ。
人間は往々にして、「自分の経験」を他者にも押し付けようとする。
「自分が体罰によって更生できたのだから、他の人も体罰があれば更生できるのだろう」と。

自分の経験が他者に全て適用できるのであれば「統計学」がこれほど流行ることはないはずなのに、なぜか「教育」分野になると「自分の経験」を一般化して語りたがる人が急増してしまう。
(日本の教育に欠けているものは、「自分の経験」ではなく「統計的エビデンス」に基づく教育実践だと、僕はいつも思う)

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それに、もし体罰にたとえ多少の効果があったとしても、それでも絶対に行ってはいけない。
なぜなら、それは「取り返しのつかない傷」を子どもたちに与えてしまう可能性があるからだ。時にそれは死亡に至ることもある。
体罰によって更生できた経験を持つ人がどれだけいたとしても、体罰をやってはいけない理由はここにある。
リスクが大きすぎるのだ。

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僕は父と10年近く連絡を取っていないのだけれど、その理由の一つは体罰だった。小さい頃、些細なことで殴られて怪我をして、数日学校に行けなくなることが何度かあった。その記憶が33歳になった今も、僕を苦しめている。

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