次の場所

ある日の夜、就活中の大学の友人と飯を食いながら、見えない未来に対して愚痴をこぼしあっていた。
その後、夜遅くなって別の友人とその彼女がやってきて、彼女の方はこれから九州の配属先に向けて旅立つとのことだった。
軽く喫茶店で話をした後、彼らと新宿駅で分かれ、電車に乗りながら四年間のことと、この先の未来のことを考えていた。
毎日朝から晩まで大学に行っていたわけではないから「卒業」に対して実感が沸かなかったけれども、旅立つ人の姿を見てから次の場所に進まなきゃいけない時期が来ていることが実感をもって分かった。
 
 
 
僕はいつもストイックに自分の目標を達成することに生きがいを覚えてきた。
イスラエル・パレスチナ、ルーマニア、バングラデシュ、全てはその過程だった。
でも最近は、映画にしても就活にしてもなかなかうまく行かず、イライラしていた。
 
「いつも自分の目標にストイックである、ゆうすけさんが私は羨ましいと思う。」
三週間前のセクコン(一年生の時の英語クラスのコンパ)で、あるクラスメイトは言ってくれた。
 
春からT大の院に行くSさんは、その後は外務省に行くか民間企業に行くか分からないけどなど、将来は国際法の起草に携わりたいと言った。
SEになるK君は、仕事をしながらも細々と音楽を続けて、いつかはCDを出したいと言った。
Aさんは、大学入学までなろうと思っていた自分の夢がもう適わないことを知ったから、適当に仕事をして、いつかは結婚してそのまま退職するつもりだと言った。
自動車会社に働くT君は、働きながらも演劇を続け、いつかは表現の世界で生きていくと言った。
卒業を延ばしたK君は、自分のインテリアブランドを持つのが夢で、そのために就職活動をやり直すと言った。
 
 
みんな悩んで、一生懸命生きているんだなと思った。
何が正しいのか分からないけれども、僕は長い人生のスパンの中で、一つずつ夢を追いかけていこうと思う。
だから就職活動を始めた。
生きることに意味などないとしても、まだ見ぬ未来に憧れて、僕は生きるのだろう。
実際、OB訪問や面接を通じて出会う大人は、想像よりもカッコ良かった。 
 
 
さきほどまで、某県で新聞記者をしている友人と飲んでいた。
社会人二年目の彼は、ようやくもらえた正月休みを利用して、東京に五日間だけ帰ってきたとのことだった。
一緒にいたテレビ局の記者や、人材系会社の営業、同じ大学で同じ時期に学んでいた友人たちが、新しい道を歩き始めた姿に刺激を受けた。
 
 
色々なものが目まぐるしく動き始めて、少し戸惑いつつある。
僕も、居心地の良かった場所を越えて、次の世界に踏み出すつもりだ。
時間は確実に流れていて、居心地のよい今もいつかは壊れていくのだから、その先を明るく照らす力がほしいと思う。

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